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ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会Vol.1

べートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会に際して  土田越子

ベートーヴェンはその生涯(1770〜1827)に10曲のヴァイオリン・ソナタを残した。

ソナタ第1番ニ長調作品12-1(1797〜1798)
ソナタ第2番イ長調作品12-2(1797〜1798)
ソナタ第3番変ホ長調作品12-3(1797〜1798)
ソナタ第4番イ短調作品23(1800〜1801)
ソナタ第5番ヘ長調作品24[春](1800〜1801)
ソナタ第6番イ長調作品30-1(1802)
ソナタ第7番ハ短調作品30-2(1802)
ソナタ第8番ト長調作品30-3(1802)
ソナタ第9番イ長調作品47[クロイツェル](1802〜1803)
ソナタ第10番ト長調作品96(1812)

27歳〜33歳のわずか6年間に9曲を、最後の第10番は42歳の時に作曲され、トータルで15年の間に書かれた。

今回、作品番号順に演奏することも考えたが、結果、毎回の演奏会で大会の時代の推移を踏まえることが出来、各時代の特徴をご理解いただけるプログラムにした。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、10曲それぞれが強い個性を持ち、ふたつとして似たものはなくすべてが魅力的である。
これらはいわゆるヴァイオリン主体のソナタではなく、またヴァイオリンとピアノの二つのパートの合成でもない。
結局、ベートーヴェンの頭の中にはデュオソナタとしてどういうものが流れていたかということより、各々の独立したパートの各々の音楽を奏でることに全神経を集中させなければならない。
ベートーヴェンの場合、特に強弱法、音色法、モティーフ、アーティキュレーション、アゴーギク、装飾法、等々は、多少の表記上の矛盾はあるものの、計り知れない意味を持っている。
緊張感には、しばしば抑制された緊張感もあり、耳を澄ましているとシリアスな叫びは大声を張り上げるものではなく静かになされている。
また、最高にロマンティストであったこの作曲家の心からの歌=カンティレーナやカヴァティーナを歌うためのリラックスされたsinging legato 音色法などは最も重要である。
われわれがベートーヴェンの音楽に何かをしようなどと大それたことを考えることは不要であると思う。われわれができる楽曲への奉仕は、これらの要素に忠実でありながら、すべては楽曲の中に(楽譜の中ではない)明確に書かれてある音楽を見つけるために最大限努力するのみである。

私たちはそのための長い旅に出掛けていくようなものだと思う。

ほぼフランス革命の時代に位置し、ウィーンの居酒屋(ホイリゲ)で飲み歌い踊った作曲家の時代背景も忘れてはならないと思う。

これらのソナタを演奏するたびに強く感じることは、あらゆる理想を実現するためには、知性と直結した内面の成熟とともに、最も高度な奏法が要求されており、常に発展してゆかなければならない。
全曲演奏にはまた新たな発見があるだろう。

私はこれらの10曲のソナタや2曲のロマンスを、これまでたびたび演奏会などで取り上げてきたが、このたび全曲演奏がやっと実現した。約20年前に今は亡き恩師江藤先生のもとで勉強した際、ベートーヴェン・ソナタの全曲演奏をするよう強く勧められたことがずっと心に残っていた。また、その後ロンドンで師事した亡き恩師ブレイニン先生は、ベートーヴェンの系統を継ぐ生き字引のような師であり、これらのソナタの真髄をあらゆる方向から教えてくださった。
亡き恩師たちを懐かしく思い出す今日この頃である。

(2008年4月20日当日のプログラム掲載文)

ベートーヴェンは、森の散歩の途中であろうと人との会話中であろうと路上であろうと、ひとつの音楽的思念が突然襲ってくると、我を忘れた。それは神からの啓示であり、それらの思念は、異常な統一力を伴ってモティーフ(動機)となり、そして音楽形式を作ってゆく。こうして形式と一体となった精神内容は、やがて感覚的なものへと導かれる。これらの真理を理解することは重要である。彼の音楽は万物と同化し、静寂の中に解放される。
「自由と静寂は最大の財宝である」と、ベートーヴェンは言った。

(2008年9月28日当日のプログラム掲載文より)