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「音楽現代」2008年9月号プレビューインタビューより

ヴァイオリニスト 土田越子さんに訊く
訊き手 菅野泰彦氏

―ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏を始めましたね。
土田 ベートーヴェンは精神的にも体力的にも充実した時期に弾いておきたくて。学生時代に江藤俊哉先生に「全曲演奏をしたら?」と言われました。イギリスでのブレイニン先生の影響もあります。先生の系譜を4代ほどさかのぼるとベートーヴェンにいきつきます。

―プログラムはどのように?
土田 ベートーヴェンはヴァイオリン・ソナタ全10曲を15年間に作曲しました。3番までの初期、4番と5番の中期前、6番から8番までの中期、9、10番の後期に分けられます。それぞれの時期の特徴が出ていて、二つとして似たものはない。この10曲に『ロマンス』2曲を加えて、4回に分けて2年間で演奏します。年代順ではなく、演奏会ごとに大体の作風の推移が分かるように割り振りました。

―ベートーヴェン以前の作曲家の影響を感じますか?
土田 全然感じません。明らかにベートーヴェン。ただ、7番のソナタでは軍隊行進曲のようなものが、他の曲ではウィーンの居酒屋とかの雰囲気もある。それから、ベートーヴェンの唯一の癒しは自然だったと思います。彼の音楽は終始一貫して、自然なリズムの流れがある。そのリズムの中で形式をつくり、その形式は精神と結びついてきます。

―演奏上の大事なことは?
土田 ブレイニン先生に教わったのですが、作曲家によって音色は違います。多様な音を出すための奏法が大事。その音作りに大事なのはタイミング。時間的タイミングだけではなくて、ヴィブラート、ボウイング、イントネーションなど、すべてのタイミングのバランスで音はつくられます。ベートーヴェンでは強弱法も大事。ひとつのスフォルツァンドにしても、その音を強くという問題だけじゃない。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、ピアノにヴァイオリンがついている、と言われることもありますが、そうではなくて、ヴァイオリンとピアノのデュオ・ソナタです。

―ピアノは加藤洋之さんですね。
土田 このシリーズが初共演ですが、よく私の音楽を理解してくれようと努めてくれます。

―第2回の聴きどころは?
土田 曲目は1、4、5番です。1番でも、既に紛れもなくベートーヴェン。明るさのほかに、後期に通じる深さがある。続けて作曲された4番と5番は、3番までよりも楽器間の対話やバランスが活気的な転換を遂げる時期で、内容も深い。構築もしっかりしています。「小クロイツェル」と言われる4番は緊張感がありますし、上品で美しい。「春」と呼ばれる5番はメロディーの美しさも抜きんでていて、春らしい印象ですが、ベートーヴェンがつけた題じゃないし、そんなに柔和じゃなく、むしろ、深い思想がある。   ベートーヴェンの音楽は透きとおってると感じますし、嘘偽りがないのでひじょうに癒されます。彼は悲劇的人生でしたからこそ、音楽の中に理想郷を求めたのでしょう。彼の音楽は普遍的で宇宙に通じるものがあると思います。

―どうもありがとうございました。(7月、東京)